隠岐へ沖へ

早めの夏休みを先週取った。10連休じゃ。そのうちの5日間を使って旅に出る。

5月には顔面神経麻痺で倒れてしまい旅行すべてをキャンセルしたのでその分も合わせて行け!と相成った。
5月末から決めていたので台風で予定が狂わないかヒヤヒヤする。キャンセルは出来ても代わりはないし。
前から何度も聞かされていた奥様からの話、子供のころ行った隠岐の海はきれい船に乗って沖に出ると海の底が見える、怖いくらいだと。
よっしゃ50年前のその話、信じた!今行くしかない。

と言うわけで我々の結婚の縁結び神、出雲大社と島根の叔父さん叔母さんいとこの自宅訪問も兼ねてしまう。
最早どれがメインの目的か判らなくなってくる。
今回の旅行では良いホテルが見当たらず、建築研修にはならず。
代わりに普段乗れない乗り物体験となりました。


先ずは島根の出雲空港から小型のプロペラ機で隠岐空港にわたる。
1日2本くらいしかない。低い天井で頭を何度もぶつけた。
客室はきれい、昔のYS11みたいに翼の根元でもエンジンの振動に負けることもない。

最初についたのは唯一空港のある隠岐4島で最大の島、道後、ここでは見るべき場所はわずか、
浄土が浦海岸という福島の浄土が浜を思い出すような名前につられて行ったけど小さい。
水はぬるくて透明。小石ばかりの透き通る石の浜。

道後から高速ジェットに乗り継ぎ今回の目的地西ノ島につく。
ホテルの選択肢はほぼ無く、唯一のリゾートっぽいホテル、リゾ隠岐ロザージュに泊まる。
連泊、ホテル唯一の和洋室特別室。
部屋は43m2、部屋は広くて窓からの景色は抜群、なんせ西ノ島だから。
バルコニーはメンテされていないようで、昆虫の住処でした。




ホテル前の砂利浜、確かに水はきれい。
なぜか前庭中央に海まで続く滑走路のような舗装がある。

初日はホテル近くにあるという岩に埋もれるように建てられた島最古の神社まで上ってみたかったが却下される。


隠岐2日目

西ノ島の摩天崖、270m断崖絶壁、風が強すぎてビデオには私の叫び声と風の音しか入っていない。
観光客なぞどこにもいない。この頂上から下の国が浜まで下りるコースが気持ちよいとガイドブックには書いてあったけど誰一人歩いてない!見えるのは牛と馬だけ。
この崖っぷちを歩いて降りたら海までふっ飛ばされそう。

摩天崖に行く途中にいる馬、牛、普通に舗装道路を歩いている。
車を降りてカメラ撮影する奥様を追ってきた親子連れの馬。

やあこんにちはと思わず挨拶してしまう。
馬が車道を歩いているというより牧道を車が通っている感じ。
牛馬が一般車道に出てこないように、
道の途中にはテキサスゲートなるH鋼を組み合わせた蹄落としが設けられていた。
良くできているね。

摩天崖を降りてたどり着く通天橋、
噴火でできたただの岩山に隠岐は一つ一つユニークな名前を付ける。
良いライターを雇ったらしい。

午後はお昼ご飯を食べに西ノ島から中の島(海士町)へ渡る。フェリーは島前。

中の島の観光水中展望船、あまんぼう。
以前富士五湖にも似たようなのがあったね、モグランだっけ。


水中展望船あまんぼうの船底部分、飛行機みたいで良いデザイン、
海水は暖かくプランクトンが繁殖してこの時期は水中がよく見えないそうだ・・おいおい。

中の島(海士町)から西ノ島に帰るには島間連絡船、バスの代わり、
早くて安い。300-なり。


隠岐3日目


午前中は波が高く観光船が運休なので、西ノ島の4つ目の展望台へ向かう。

ここも風が強いけど、摩天崖ほどじゃない、両側は急な崖、島全体が崖なのだから当然だけど。
この30度以上の坂道を下りながら、心が空を飛べるように祈った。
いつの日かこの光景を滑り降りたい、夢のイメージの中でリアルに。

午後、ようやく動いた定期観光船!これこそこの隠岐での最大の目的。
定員20名程度の小さな船。

透き通った隠岐の海と神秘が存分に・・・見られなかった。
この小さな船は洞窟に入るためのもので外海の荒波にはひとたまりもなく、運休に次ぐ運休。
前日も待ったが乗れず、かろうじて最後の日に海が荒れているので途中で引き返す船長お任せコース!
と相成った。

隠岐とのお別れは巨大フェリーおき、せっかく船に乗るので、
先頭の上部にある特別室を予約。
ベッドにソファ、これで風呂がついていれば外国航路だね。と笑う。
エンジンの振動と波の揺れでゆったりもったりと室内がローリングする。
ドッグ・オブ・ザベイを頭の中で鳴らしながら揺りかごに入った気分で1時間も寝てしまう。
船の揺れに耐えらなかった奥様は甲板デッキで風にあたっていた。

フェリーの到着は島根県側の七類港、コンペで建てたデザインが海にマッチする。
近くには鳥取県側の境港がある。鬼太郎の作者で有名。

本当は境港に行き水木しげるロードと建築を見て歩きたかったが却下された。
ここから松江市内に晩御飯を食べに向かう。


最後の日は松江に泊まった。
ここもリゾートホテルが見つからず、なにわ一水、雲の6、
という和洋室露天風呂付というお決まりの部屋を取る。

目の前は道路、バルコニーの露天風呂に入るにはブラインドを下ろさねばならない。
部屋はよいが、増築に次ぐ増築で、建築の姿は失われて久しい。
お風呂は足が延ばせるので合格。

窓の外には宍道湖、向こうには島根美術館の流れるようなフォルムが見える。
菊竹さんの作品、見ておきたかったけど却下される。


出雲へ


これが2度目の出雲大社。本殿の前で参拝していると
木で出来た精妙な鳥が殻を破るように強引にガラガラと羽を広げて飛び立っていくイメージが見えた。
苦しんで生まれ、呪縛を解かれたように大空に飛び立った。

1991年に来た時にはあった菊竹さん設計の出雲大社庁の舎をきょろきょろと探す、
解体して移築保存されたとばかり思っていたら、無かった。こんなことって・・・。

出雲大社からの帰りの一畑電車、のどかな単線で木造のボックス車内。
柔らかいぬくもりは肌に心地よい。
何度も座席に備え付けの集成材のテーブルを撫でてみる。

こうして松江から出雲大社にも行き、旅の目的が多すぎて良く分からなくなる。
奥様の親戚に沢山会い話し、まるで自分の親戚とあって話し、自分の田舎に帰ってきたような気分。
北海道で生まれ、離れ、故郷を失った私は人の田舎がすぐに大好きになる傾向にある。

こうして魂のよりどころを探すのが旅の目的の一つになっていく。
日々は去る、後ろを振り返る暇はない、探すだけ、
落ち着ける場所はきっと机の上にしかないのかも。

 

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