夏の北海道は試練の旅


今年の夏は北海道に行った 3泊4日、 北海道は結構久々だ。

ここのところ 北海道と言うと故郷 芦別市に僕一人で通う時が続いた。
芦別市にある旧三井鉱山の歴史を記した100年記念館の学芸員の人に会ったり、
自分で主宰するホームページ「芦別物語」の愛読者の人たちと会ったり、ということを何回か繰り返した。
開設から時間も経っていたので一般読者からの資料寄贈もすでに途絶え、
追加更新をするには芦別に直に行かなければ昔の三井芦別の資料を得ることは困難になっていたから。

さて 今年は久々に 夫婦揃っての北海道旅行。
小樽から白老、洞爺 という3カ所を巡ることにした。
今回 気づいたのはこの旅行がまるで僕たちを試しているかのように感じたことだ。

最初は羽田空港で起こった。
4ヶ月も前から予約して行った日本航空の便の座席で、あろうことか 奥様の座席が前の客のせいで汚されてしまったのだ。
そのため 搭乗時間も30分も遅れ 、満員なのに奥様だけ私から引き離された場所に移ってしまった。
せっかく窓際の席を取ったのに無人のその席を眺めながら私は 憮然と前を向いて 一人座席に着いた。

エコノミーな3人掛けの席で真ん中に私一人がポツンと座り 満席のはずなのに通路側の客はとうとう搭乗してこなかった。
何だ 空いてるじゃん、 客室乗務員に 頼んで 奥さんも呼んでもらう。
もう離陸 体制に入っていたので 時間はしばらくかかったけれど 、結局奥様は私の隣に座った。
かくして搭乗から20分後にようやく楽しい旅が始まった。不幸中の幸い。

2つ目は 千歳空港に着いてから。
なんと 札幌発の特急が大雨でキャンセルになり次がいつ動くかわからないと言っている。
それほどの大雨は降ったという記憶はないけれど動かないものはしょうがない。
薄暗い 札幌駅の構内でうろうろするよりも外に出よう、
ということで 駅ビルの百貨店に入り 最上階のレストランに入る。

食べない 予定だった 昼食を取った、ところが ここの中華がうまい。
なんてことのない冷やし中華のはずが とても美味しい。
タレといい麺といい、なんか得した気分になって 駅の構内に戻る。
とちょうど次の特急が来るというジャストタイミング。

雨上がりの小樽駅に着く。古い町並みが残っている。
着いたその日に歩き回ってクラシックな建物をうはうは言いながら回る。
至福の時。まさに建築の宝庫だ。



旧銀行の建物群。30mごとに建っている。風鈴の涼しげな音に導かれて歩き回る。

泊ったのはホテルノルド。
広い部屋のある小樽運河前で古風なクラシックホテル、ということでチョイス。

部屋だけは広い。コーナーツイン。
風呂も外が見えて広いのだけれど、リニューアルを繰り返したらしい。

窓の下は小樽運河。

駅からまっすぐ来る道と運河が交わる交差点が真下に見える。

2日目の朝、小樽観光は早めに切り上げて 次の目的地 白老 に向かう。

早めに行ってアイヌの民族博物館をたっぷり見ようということになった。
ところが ところが 当日は月曜日 博物館は休みだった。

界ポロト、初めての星のや。

ポロト湖、対岸がアイヌ博物館、出来立て。

界ポロトの湯屋。奥様が木造構造を絶賛。

ラウンジ目の前の無理に引き込んだポロト湖の水。
開業間もないのに藻が浮かんでいた。

客室、くつろげる居心地の良い窓際ソファ。
室内の半露天風呂は泥のような温泉湯。肌がすべすべになる。

我々には評判の悪い、ベットと中途半端な段差。

この建物は最近できたばかりで建築雑誌でも時々見ていた。
仕方ないので 今夜の宿である界ポロトに向かう。
ここが 今回の旅行で 唯一 ホテルらしい ホテルとなった。
2年ぐらい前にできたばかり。 スタッフは若く 大変感じがいい。
客室も 個室の露天風呂も独特の雰囲気を持っている。
内外部に白樺の木を貼り付け 雰囲気を出そうとしているところが良い。
部屋を出て湖wに散歩に出る、ところが北海道なのに暑いのだ 。
30分もある 歩くと 大汗をかいてしまう。
ポロト湖を眺めカヌー乗り場迄 少し歩いたら急いで元に戻る。

3日目の洞爺湖 。
奥様の希望で早めに向かい洞爺湖の遊覧船に初めて 乗ろうということになった。
着いて早々 待ち時間があるので 湖に面した白いベンチに座っていたら 大型バスがやってきた 。
降りてきたのは 旅行が解禁されたばかりの中国人の団体客。
ものすごい 大声で何か 叫んでいる、 嘘だろう それだけは避けたかった。
そうかここは彼らにとって人気の観光地なのだ。うかつだった。

結局 白い大型の城の形をした不細工な観光船に乗る。
もちろん 彼らも一緒だ。
湖の中央にある中島に着くまでの30分間、 彼らの大声と大量のかもめが飛来して船上は大騒ぎになった。

彼らは直接かもめに 手から餌をあげようとし、 それをまた写真に撮ろうとし船の甲板は白い鳥のフンだらけになり、とても景色を眺めるところではない。
ようやく 中島に着くと ほうほうの体で僕らは降りて 美術館へと向かう。出港後 30分が経っていた。

先程とはうって変わった静かな湖畔を眺める。
建物の茶店でゆっくりとお茶とケーキを楽しみ 次の小型の遊覧船を待つ 。
こちらは完全に屋根付きでカモメの来る気配 すらない 。
もちろん 乗客は全て日本人で同じ遊覧船とはとても思えないくらい静か 。
僕らは存分に湖上遊覧を楽しんだ。
遠くに噴火の後も生々しい有珠山、茶色い肌の昭和新山、まるで新婚旅行じゃ。

帰りにホテルまでの道を 商店街を抜けて 歩いて行こうと言う事になった。
観光地図には お土産屋さんが多数 並んでいる、クマの木彫りが欲しい。

ところが通り過ぎる店のほとんどが閉じている、完全にシャッター街だ 。
数年前の有珠山の噴火により この街は壊滅的な打撃を受けたのだ。
もちろんお土産は買えなくて湖沿いの道をとぼとぼとホテルへと向かう。
湖中央の中島というのが視覚的に近すぎて広がりを阻害する。
洞爺湖という巨大さをあまり感じられない。

洞爺湖のリゾートホテル、ザ・レイクスイート湖の栖
右隣が本館で別館として作られた。駅からのシャトルバスが無い!
外観は立川市のソラノホテルに似てる。

お決まりのエッジの見えないプール。
左の屋根は新しいのに使われなくなったレストラン別棟。
人手不足やね。

ツインの洗面台。左がシャワーと露天風呂。
赤倉観光ホテルと同じや。さすがに仕上げは落としてある。

中に入ってびっくり。我々の大好きな赤倉温泉ホテルにそっくり。
仕上げはややチープだが。構成もほぼ同じ。
ここまでパクるのかとホテルの人に聞いても全く無縁だそうで。
後で調べたらなんと赤倉と建築設計事務所が同じだった。事務所は新宿にある。

露天風呂。湯は貼られていない。
自分でプッシュボタンを押して湯を張り始めたら途中で止められなくなる。

最後のアクシデントは4日目の千歳空港に向かう途中。

またしても 大雨で特急が取りやめになった。
予定していた飛行機に間に合うギリギリの特急だけがかろうじて動いているらしい。

洞爺湖停留所から1時間に2本だけ、のどかな定期バスに乗りなんとか特急に間に合う、

ところが その前の数 本 が運休になっているため僕らが乗った特急は超混雑。
もちろん 指定席なんて買うことができない。
仕方ないので 連結のトイレのあたりで立ったままになってる。 ここでも 妙な 確信があって30分間 過ぎれば このアクシデントも終わるだろうという予感がする。
自由席はもちろんいっぱいだ 途中で降りる人はほとんどいない。

奥様は 何とか1人分だけ空いていた 奥の席に座っている。
隣の中年の男が話しかけてくる、
次の駅で 私は 指定席に移りますからお待ちになっている男の人を呼んだらいいですよ と言ったそうな。

他の人が座っている指定席を途中から2重に指定する、そんなこと そもそもできるわけがない。
それに男の言った次の駅名は存在しない、真夏の怪談だ。

なんだろう 妙だね と奥様とショートメールで話し合う 。
結局次の次の駅で奥様のすぐ後ろの席が2つ 分空いて、僕らは仲良く座れた。
一緒に通路で待っていた隣に 座り込んでいた女の子がちゃんと座れたか 心配になる。
洞爺駅からちょうど30分が過ぎていた。

羽田からバスに乗り深夜自宅に帰る。家に帰ることで妙にほっと安心する。
やっぱり自宅が一番という事になるのが一番怖い。
人生は旅なのだ、いつだって。

こうして僕らは 毎日のアクシデントを経験しながら4日間の旅行を終えて帰ってきた。

なんだか旅行に行ったというよりは
人生のアクシデントとその対処法を学びに行ったみたいな気分だ。

ようやく全ての試練が終わったと思って一晩ぐっすり眠り、
次の朝 、さわやか気分で庭に面した窓のシャッターを開ける。
と、行く前と違って 今年植えたばかりの芝生が穴だらけになっていた。
小さなボールペンで突いたような穴が無数に空き、中央部分で大きく芝が茶色くなり枯れていた。
全体に 元気がなくなっている。大事に大事に育てていた芝生が。

またかい! もう終わりになったんじゃないの。
そんな気分で 原因究明に走る。

この夏も なかなか終わってくれそうもない、そんな気分だ。

 

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